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Posted by 滋賀咲くブログ at

2011年03月16日

萎縮するワタシ

今日は、粉雪が舞い散る日で、天気予報であり、また冬の出で立ちで過ごしました


こんばんは

11日の地震から、六日目の夜を迎えました


うちの連れ合いは、福島県でも南部の方で、高速道路で言えば、東北道からも、常磐道からもインターを降りてから、一般道を一時間は走るような、田舎の町です


連れ合いは、中国赴任から帰ってからは、自分の車は持っていません

今は、子供達が成人して、自分達が運転する立場になり、車の免許を持たない私は、子供達に車に乗せて貰っています


昨夜の地震の時は、もう布団の中でした

昨日は、発熱して、仕事を休んだ娘が隣に寝ていました


11日の時は、動いていた為、全然、地震に気がつかなかった私でしたが、昨夜の地震は、すぐわかりました


携帯で、すぐに地震の情報を調べたら、震源地は静岡でした


ああ、段々、地震のプレートが動いているのかな


段々、南下してきて、東海沖とか、海南とかの地震に繋がらないかと、色々、心配になりました


横にいた娘は、寝ていたので、地震には気づかなかったのです


もう、ゆっくり寝ている気分にはなれず、旅行鞄に着替えを詰めていたら、娘に


何をしてるん?

電気が眩しいわあ

と、叱られてしまいました


荷物は、少しだけ詰めて、また横になりましたが、目に見えない恐怖心で、左腕が痛みを感じてきました


私は、気持ちが萎縮すると、精神的な痛みと同時に、体の痛みも発生します


最近の私は、随分強くなりましたが、まだまだ弱い部分があります


今週は、商店街をゆっくり歩く人の姿は少なく、営業にも影響しています

こんな状態があと半月、いや一週間続いたら、どうなることやら…


自分の店ではないけど、給料にも影響します


現に、少人数のグループの予約が、何組かキャンセルされています


今日は、早めにタイムカードを押して、店で留守番をしてましたが、お年寄りの姿が、段々少なくなっているような気がします


前日と比べたら、急な冷え込みが厳しくなり、外に出かけても、いつ地震が発生するかわからない


本日は、県立高校の合格発表日でした


草津市内には、4つの公立高校がありますが、嬉しそうな受験生の姿を、見る事はなかったです


時間帯が違っていたからもしれませんが、いつもなら、もっと目立つはずなんですが…


自粛するという、言葉を簡単に口にしますが、自営でお店を開けている立場の側からしたら、あまりにも、何もかも自粛しすぎたら、経済が成り立たないと思います


私の周りには、おめでたの妊婦さんが3人いるし、みんな、不安の中、過ごしています


受験生は、まだ国公立の後期の発表もされてないはずなので、ぎりぎりの精神力で頑張っている人達もいるはずです


うちが、4年前がそうだったからです


今日は、久しぶりに昼寝をしてしまいました


もう精神的に疲れていたのかもしれません


仕事に行っても、売上が少なく過ぎては、どうなるかもわかりません


夕飯は、ちゃんと作って食べました

あとは、風邪をひかないように、お風呂で温まって、この週末を乗りきりたいと思っています


大人は我慢する事は出来ますが、小さな子供には、緊急時の生活を暮らすには、酷なことです


日本の東北地方では、地震の為に、みんな、辛い思いをして、生きている事は、テレビを見たら、子供でも理解できます


大人が必要以上の買い占め、買い溜めをする事なく、普通の暮らしをすることも、大切なのです



自分さえよければなんて、考え方では、日本自体が滅びてしまいます



今日の私は、草なぎ剛君主演の「日本沈没」の映画の内容を、思い出していました


沈没こそはしてませんが、原発の放射能漏れ汚染によって、住民は避難生活を余儀なく送っています


映画の細部までは思い出しませんが、

海外に脱出する者、
日本に残る者、
地震、火事、津波などで命を奪われた者と、
いろんな運命に別れたようでした


最後は、日本に残った者同士で、日本を守っていく決意をして終わったはずです


今は、困っている被災者の立場になって、色々と考えなくてはいけない時なんです


私は、毎日、仕事に行って、僅かなりの義援金が出来るようになるのが、目標です


派手な事はしなくても、通常の生活はしていかなくては、いけないのですから…
  


Posted by フーミンママ at 21:24Comments(0)

2011年03月16日

避難生活

昨夜の、10時半頃の地震の時は、娘と2人、布団に入っていました

ガサガサっという音と共に、照明の傘が左右に大きく揺れました

私は、暫くの間、体全身が萎縮して、痛みを感じる程でした


精神的には随分強くなりましたが、体は恐怖感でいっぱいになりました

何にも用意してなかった私は、旅行鞄に2、3日分の着替えを詰め込みました

今の時点、ホームセンターに行っても、懐中電灯や、ランタンは無いと思います

以前は、1人に1つずつぐらい懐中電灯を用意してましたが、使用することなく、使い物にならなくなり、引っ越しの際に処分しました


滋賀県に引っ越して、そろそろ、14年になります

たまたま大きな災害にあわなかっただけなんで、これから生きていく上で、何をすべきかをもう一度、考え直していきたいと思っています



うちの連れ合いは、東北人です


東北といっても、栃木県や茨城県の上辺りなんで、まだ東北の入り口辺りといってもいいでしょう

私が結婚するまでは、私は関東や東北には、修学旅行で行くぐらいのものでした


私の一族は、関西人ばかりだったので、私が東北人と結婚する時は、みんな驚きました

新生活は東北じゃなく、神奈川県だったので、私は躊躇なく、結婚出来たのだと思います


結婚するまでに、一度だけ福島に行きましたが、本当に何にもない、田舎なのと、福島の親戚の者が話す言葉が、宇宙人が話してるように聞こえたぐらい、さっぱりわからなかったのです


本家のお爺さん、義母の長兄なんか、町内から出た事もないそうです

実家の長兄も、身内の冠婚葬祭で出かける時以外は、県外を出る事は、殆どなかったそうです


そういう地道な生活をしているので、寡黙でもあり、ちっとやそっとでは、泣き言を言わないような気質を持ち合わせているような気がします


うちの連れ合いも、そういう面があり、ネガティブ思考な私から見たら、羨ましい気質でもありました

だから、私みたいな性格が、年々、嫌になったんやと思います


やっぱり、私は関西人です

別に、話の中にオチがあるわけではないし、毎日毎日、吉本を見てる訳ではないです


今になったら、関西に住んで、関西の言葉を聴いて、関西弁を話す事が当たり前なんです

ほんで(笑)、私の気持ちを理解してくれる人が、関西弁で返して貰える事が楽なのです



今、福島原発から、放射能漏れ汚染の為に、近隣住民は避難しています


自分が生まれ育った土地を離れてしまうのは、しのびないと思います


津波に寄って、命を落とされた方も悔しかったけど、生きて、辛い思いをするのも、どちらもしんどいと思います


連れ合いの親戚は、関東近辺にも、沢山いるので、親戚の家を頼る事になると思います


関西にいる、私達の所には、誰も来ない


音信不通状態ですから‥

東北人の、粘り強い気質で、親戚中が力合わせて、生きていって欲しいです

福島だけじゃなく、茨城県や千葉県にいる、兄弟の家族達も、原発の放射能漏れ汚染の影響が心配です


もし、行き場所がなかったら、是非、茅ヶ崎のマンションに避難して貰いたいです

私達家族が住んでないし、あの広さなら、十分、一家族ぐらいなら、生活出来るはずです


他人は、あの○ぐらいやから、親戚中の者が片寄せあって暮らすのも、久しぶりで、いいのではないでしょうか


天国にいる義母、長兄が見守っているはずです


みんな、兄弟、力合わせて、乗りきるんやでって  


Posted by フーミンママ at 09:51Comments(2)