2009年02月25日

私の職歴 前半

私の職歴と言っても、それほどたいしたものでもない

高校三年生の就職試験で、面接官に
「定年まで働くつもりでいます」
と、話した私が、
同期の中で一番に寿退社をした有り様

今は、あまり寿退社なんか言わないか

女性が結婚、出産でお目出度い理由で退職することなのだ

今は男女平等の下に働いているし、まして生理休暇なんか廃止されているのかな

私は、たとえ辛くても、申告するのが恥ずかしくて、生理休暇なんか利用したこともなかった

丸々三年も働かずして、結婚した私

たまたま連れ合いが、
同じ会社の違う場所の工場に勤務していた

遠距離恋愛で、広い意味での社内恋愛

うちの会社は、30年前は周りにこれといった建物もなく、一つの村社会的な場所にあったので、必然的に社内恋愛も多かった

今でこそ、大学生が多くなり、学生街に変わろうと変化しつつある


結婚後、子育てで家にいた

上の息子が小6、娘が小4、下の息子が小1の時に、初めてパートに出た次第

私が34歳の時だった

住まいの近くに、ジャスコがあったが、近所の人に知られるのが嫌で、あえて自転車で15分ほどかかる、F市の市場に働きに出た

私より若い人は何人かいたが、朝3時から働いていた

私は、9時から17時までの勤務だった

一年間働いたが、
茅ヶ崎に引っ越し、通いきれないので辞めた

茅ヶ崎では、近所のお茶屋さんで、茶揉みから、お茶のパック詰めを機械を使いながらこなした

その当時、O157が流行り、お茶が効果があると言われ、今までにない忙しさだったらしい


茅ヶ崎は一年間しか住まずに、草津に引っ越し

それが12年前

最初、草津に来て働いたのは、地元のおしぼり、リースマットの会社

三年ほど事務をしたが、半日仕事だったので、意を決して辞めた

その後に、駅前の近鉄百貨店の青果店に勤めた
F市の市場で働いた経験もあり、まだ百貨店という綺麗な職場もあり、二年間勤めた

ただ、大きな冷蔵庫(野菜を貯蓄する倉庫)のそばで、仕事をしていた為に、冷え症がひどくなり、ぎっくり腰から体中の視神経がおかしくなり、辞めざるを得なかった

二年間、体力的にも精神的にも落ち込み、いろんな病院、診療所、検査をしたが、医大ではホルモンのバランスが崩れているとしか診断されなかった

今でいう、未病の状態で、まだ更年期には早いが、冷え症から始まる段階であったのだ


ちょうど4年前に金チャンに出会い、その時分に、駅前商店街のクリーニング店にパート勤めを再開した

店のレジが、今風のパソコンレジで、40才過ぎて、おばちゃんは固い頭を屈指してひたすら詰め込んで必死に勤めた



Posted by フーミンママ at 00:41